診療放射線技師の潟vロンプト

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退職率35.9%
2008/10/19

先日のニュースで、新卒者の3年以内での退職率が35.9%であることが放送されていた。多くの方がこのニュースを知っていることだろうと思う。
また、後日パート2と題して同ニュースを取上げていた。その中には、実際に退職をしていた若者数名が顔を隠してインタビューに答えていた。
その答えの概要は、会社や上司に問題があり、本人達に正当性があるような答えぶりであった。
例えば・・・「会社が人を育ててくれない。」「先輩、上司が教えてくれない。」「希望した部門に所属されなかった。」「パワーハラスメントにあった。」などである。
番組側の質問で、『先輩や上司に、質問したりしても教えてくれないのですか?』と聞いたところ・・・『そう言えば、教えてくれますが・・・。』とのこと。また、『パワーハラスメント』とは具体的に何でしたか?と聞くと・・・『新人は、誰よりも早く出勤するべきだ。ゴミ捨てなどの雑用を強要された。』とのこと。
まったくもって呆れるばかりである。
当社では、そんな新人はいらない!むしろ、そんな人間を採用してしまった人事採用部に責任を持っていきたいくらいである。

そんなニュースを見た翌日に理容室にてカットをしてもらって、マスターとの会話の中でその話題がでてきた。
マスター曰く、「子供も子供なら、親も親なんですよね。うちのスタッフなんかでも、雪が降った日に親がクルマで迎えにきて営業時間が終わるまで駐車場で待っているんですよ。翌日は、親に送ってもらって出社ですよ!24歳の男がですよ!それに、歓迎会の飲み会でも代行を頼むのかと思ったら、親が迎えに来るんですよ!たまげましたよ!そいつもすぐに辞めちゃいましたけどね。」どこでも信じられないような者がいるようである。

それにしても、この国は平和のようである。すぐに退職しても、親と同居で食べるに困らないのであろう。『自分にあった仕事、理想の環境』を探す余裕があるのだから・・・「いいとこ取り」「努力知らず」「下積み嫌い」で理想を得ようとする。そんなことを平然と考えているのだから実に幸せである。

でも、冷静に考えてみよう。以前「3K」と言われていた職業の多くは外国人の入ってくる分野になっている。また、生産の拠点は20年前から海外である。気が付くと食料自給率は30%台である。ことしから、介護の分野にまでインドネシアからの人材が入ってきている。こういった背景を考えた場合に、先程の若者たちの将来ビジョンがどんな風になっているのか知りたい。
自分自身を優秀な人材と思っているナルシストな妄想家にしか、私には映らないのだが・・・。
大学、留学など様々な教育機会に恵まれ、その資金も両親任せで・・・お笑いのネタのようである。

当社は、契約先の環境などは、当社に不利益にならない限り選ばない。おそらく、各スタッフは各医療機関で『忍耐』をしていることと思う。それが自身を成長させているということを理解してほしい。
最後に、まだ読んでいない方のために『シュガー社員が会社を溶かす』の一部を載せておこう。

【シュガー社員とは・・・】
●何かあると親が出てくる〈ヘリ親依存型〉
●自己中心型の〈俺リスペクト型〉
●楽な方へ逃げる〈プリズンブレーク型〉
●仕事が増えるとパニックになる〈ワンルームキャパシティー型〉
●勤め人意識がもっとも希薄な〈私生活延長型〉

【必要とされるビター上司】
(1)叱る時は感情をむき出しにしない
「特に俺リスペクト型の場合、『惜しいなぁ』『君らしくないなぁ』と期待感を匂わせて叱る。罵倒などもってのほか。行動が変わるまで粘り強く」
(2)やる気を促そうと褒めるのはムダ。特に最初の3年は厳禁「褒めれば褒めるだけ、『俺はもう一人前』と勘違いをする。偉いな! すごいな! 素晴らしいぞ! の3語は使わず、評価するなら具体的に『今回○○の部分を頑張ったね』とドライに」
(3)メールで連絡をしてきたからといってメールで返信する必要なし「あの子への連絡は、メールのほうがいいのかな」という気遣いは百害あって一利なし。「君はメールで言ってきたけど、これは直接話し合うべき問題だ」と言うべきことは直接言う。
(4)部下が挨拶をしなくても自分から挨拶を「うちの若いのは挨拶もできない」と嘆いても何も変わらない。上司から「やる気茶屋」の店員くらい大きな声で挨拶を。シュガー社員も自分から「おはようございます」と言うようになります。
(5)トラブルで親が来たら毅然とした態度で「下手に出過ぎたり、逆に怒ったり、嫌だったら辞めろと言うのはNG。会社は親への応対が不慣れなのでトラブルのもと」

季節はずれのお年玉
2008/09/29

 先日、伯母が他界した。通夜の最中に思い出すことは、伯母との懐かしい思い出ばかりだ。伯母との思い出の中に怒られた記憶はなく、なぜかお正月のお年玉の記憶ばかりが多い。考えれば、お正月にしか顔を出していなかった気がする。
 伯母は、いつも変わった趣向で自分達にお年玉をくれていた。よく覚えているのは、一本の紐に50円玉を無数に通してあるものと、ポチ袋に入っている通常のお年玉のどちらがいいかを自分達に選ばせる。どちらも、金額は不明だ。子供心が激しく揺れ動く。結果、50円玉を選択した。理由は、見た目の豪華さとずっしりとした感触にとても魅力を感じたし、何よりも、袋の中の金額よりも多いと想像したからだ!そのため、自分は50円玉。残りのポチ袋のお年玉を妹がいただくことになった。
 家に帰り、すぐに勘定をはじめた・・・8500円くらいだった記憶がある。妹の袋の中身は10000円だった。

 まるで「舌きり雀」である。大きなつづらにお化けこそ入っていないまでも、強欲は損にいたることを知らされた。(笑)

 それ以外にも、500円玉の片手つかみ取りをさせてもらったりと、趣向をこらしたお年玉はいつも楽しかった。

 父は、兄弟の中で末っ子にあたり、伯母は長女だ。年の差も15才離れている。父が幼少の頃は、よくおんぶされて、世話をしてもらっていたようだ。だから、強情で偏屈な父も伯母には素直だ。
 伯母が他界してしまったことで、父の兄弟は皆いなくなり、父だけが一人残ってしまった。
 夏が終わり、秋の涼しさがあるこの季節に父の寂しさは、より一層のことだろうと思う。

 通夜の時の、伯母の写真は自然な表情でにこりと笑い、生前の気さくで、明るく人情味があり、頼りがいのある人柄がよく出ていた。

 葬儀のある今日は雨で、父の母である祖母の葬儀も雨だったことを想い出す。
 

リミッターを外せ!
2008/09/11

 昨日、あるバラエティー番組で『サヴァン症候群』について放映していた。自分自身『サヴァン症候群』という言葉をはじめて耳にした。
 知的障害や、自閉性障害を患う者のうちで、極稀にある分野において常人では想像もつかないような能力を発揮する者の症状をあらわす言葉のようだ。
 この症状の一人は、すべてが数字でイメージできるという。難しい計算もすぐに瞬時に解答を出し、円周率は小数点以下22,000桁以上も答えてしまった。また、ある者はちょっと見た風景を細部まで記憶して詳細にスケッチしてしまう。20年前に行ったパリの凱旋門も今の記憶としてすぐにスケッチしてしまった。観覧車に30分乗っただけで、最上部からの町の風景もすべて描いてしまった。
 わかりやすく言えば『レインマン』なのである。このモデルにもなっているサヴァン症候群のひとり『キム・ピーク』は、地域の図書館の蔵書約9,000冊をすべて正確に丸暗記している。毎日の日課は、電話帳の暗記である。名前と電話番号をすべて一致して暗記してしまっている。数十年先のカレンダーまで何年何月何日が何曜日なのかすべてインプットされている。
 さすがにこの能力には、林家ペーもかなわない。

 しかしながら、彼は世の中の日常を生活していくのに困難を極めている。一人では生きていくことすら難しい。誰かの支え無しに生きてはいけないのである。例えば、最後に登場したキム・ピークの場合には、父親が付きっ切りで、彼の世話をしている。父は、彼の髭を剃ったり、食事の世話をしたりと大変だ。とにかく彼は、コミュニケーションをとる事が出来ないのである。このすごい能力も父が発見したそうだ。前述した他のサヴァン症候群の人達も同様に、父であったり、施設の職員達の支えから、各人の能力が発見されている。
 この番組を見て思うことの一つに、サヴァン症候群の能力に驚かされたのはもちろんだが、周囲の彼らを援助している事実に感動させられた。能力が世間に知らせれる以前から、生まれてすぐの時から、彼らを支え続けてきたことには、ただただ脱帽させられる。
 同じく、サヴァン症候群である彼らはメディアに取り上げられて、羨望の眼差しや、尊敬も集めているかもしれないが、そうでない知的障害者や、自閉症を支えている家族、施設の職員の人達にはやはり脱帽させられる。また、尊敬して止まない。
 以前、プロンプトにいたスタッフで精神科のある病院への業務配属を断った技師がいた。理由は「精神科は嫌だ。」である。仕事の大変さではなく、精神科の患者に対する偏見である。その証拠に、事前研修を一日行った時に、そこに来院した外来患者を「ちょっと変です。」「何か怪しそうです。」と言う始末・・・しかし、その患者は一般内科に来た患者だった。この病院は、内科も行っている病院でもある。
 この報告と、本人からの業務配属変更の願い出を聞いたとき、大きな憤りを覚えた。
 医療に携わる人間が、偏見を持っていることが許せなかった。数日後、本人から退社の意向が伝えられた時、すごくほっとした記憶がある。こんな偏見のある技師をプロンプトにいてほしくなかった。幸いにして、非常勤であることと入社して数ヶ月しかたっていなかったので、契約先等の周囲にも迷惑をかける前に退社していただくことができた。

 プロンプトのスタッフには、差別や偏見を持たないことはもちろんのこと、後ろにいる家族や援助者のことも考えてほしい。
 また、先程の番組に出演していた脳学者は「人間の脳は日常では1%程度しか使用されていない。まだまだ能力は隠されている。その隠している最大の原因は、リミッターを外せないからだ!固定概念があるとリミッターは外せない・・・。」といっている。ここで言う固定概念とは、「限界」と脳学者は言っていた。「もうだめだ。」「無理。」「出来るわけ無い。」などの自己制御する思い込みが、すべての壁になるようだ。強い思い込み、欲求、前向きな姿勢が、能力を開花させるらしい。

 ここで考えてみた。20年前は不可能と思われていたことや、こうなってほしいと思っていたことが、現在において実現されていることは多い。
 最近の例で言えば、オリンピックの世界新記録であったり、2足歩行のロボットや、地震の予知など。医療の分野においても、カプセル内視鏡や、無切開での手術など様々だ・・・。これを単なる技術と考え、自然発生的に時間と伴に派生したことと考えるのは、無知に等しい。
 『プロジェクトX』などに垣間見るように、「強い思い。」が壁を打開していると思う。これが能力の成長ではないのだろうか?
 気が付くと・・・心のどこかで「大変」「無理」「嫌だ」が浮いてくることは多い。ほとんどは、経験論と直感で浮かんで来ている。だから、いつまでたっても、過去の経験を超えることが出来ないし、直感を検証することができない。頭に『なぜ?』『どうして?』を自問できれば、思考の深い追求に入れる。これが「強い思い」になることは多いと思う。前述した偏見のある技師も、直感でしか物事を測れないから「精神科の患者=変・怖い」になる。深く事実(データ)を追い求めれば、健常者の方が変人と悪人は多いのだから・・・。あるいは、差別や偏見をするのは健常者の方が多く、そんな差別や偏見をする人が医療人である場合には「超変人」とも思うし、そんな方の検査を受けると思うと恐怖を感じます。

 いろいろ書いてきたが何が言いたいのか?

 うわべだけのことで、いろいろと結論付けてしまうことがいかに情けないことであるかをわかってほしい。
 精神面においても、力量においても、常に固定概念に囚われることなく、前向きに考えて欲しいという事です。
 「精神は肉体を凌駕する。」なんてことも時々聞きます。
 頑張れば、数年後にはカメハメ波だって不可能ではないかもしれません。

 

『自分の居場所』
2008/06/13

 今日はすごく天気がいい!入梅とは思えないくらいにカラッとしている。こんな日は、仕事よりもゴルフに行きたい気分だ!それなのにテレビをつけると、どのニュース、ワイドショーも秋葉原で起きた例の無差別殺傷事件を放映している。なんだかジメジメした陰気な気持ちになってくる。事件から数日が経過した内容は、犯人の人格形成までの経緯に終始しているように思う。過去の経歴や、環境などがどんどんと浮き彫りになってきている。同情する余地のない内容に自分には思えてならない。

 「『自分の居場所』というものを得られないことで犯行に及んだ。」との解説をしていた方もいた。しかしながら、やはり同情の片鱗も自分には感じることができない。
 『自分の居場所』とは、最初から存在するものではないと思う。己で築き上げるものだと理解している。学校に入学したり、会社に就職したりと、制度や組織に属することで何か『自分の居場所』や『席』がすでに用意されているように思っているのであれば稚拙な思い込みである。
 『自分の居場所』を確保するには、それなりの努力がやはり必要である。例えば、「挨拶をきちんとする。」「皆と同じ行動をする。」「率先して協力する。」「周りに配慮する。」「言葉遣いをよく考える。」など基本中の基本は、最低限行わないと存在を認知されない。逆に、皆から否定されることになる。簡単に言えば、「受け入れられない。」ということである。
 時には、相当な実力者であれば、皆が「認めざるを得ない。」状況をつくることが可能である。しかし、ほとんどの人達はその才を持ち合わせていない以上、先に述べたことを実践することが必要だ。

 でも、現実はなかなかどうして・・・それを「しない」人も結構いる。「できない」ではなく、「しない」のだ。
 例えば・・・「皆で残業している時に、普通に帰る者。」「自分の配分だけしかせずに、手伝わない者。」「皆で決めた行動指針に反する、サボる者。」「自分に厳しさが足りない者。」など・・・当然、「席」などは用意されるわけがない。
 仮に、会社であれば会社の仲間に対して比重が軽く、自分への比重が最優先になっている。常に、自己の都合や理由が優先される。もっともらしい理由を並べてみても、中心には自分があり、周囲を省みない。こういうのを、『わがまま』という。

 会社だって同様である。会社の意向や方針に協力できない人間をいつまでも庇護することはできないし、する意味もない。万一、間違った方向へ会社が進もうとしているのならばそれを押しとどめさせるのも、「会社を思う一言」であろう。

 入社したら、「『自分の居場所』があり、自動的に約束された給与がもらえる。」・・・そんな根拠の無い保障を考えているから不思議である。根拠の無い保障の前に、おそらく面接などの時に言われた会社の意向や、姿勢、仕事内容などをもう一度思い出した方がいい!!

 自分の周囲で、「冷めた空気」「居辛い雰囲気」などを感じたら、環境が悪いや周囲の人間がおかしいなどではなく、「自分の行いの悪さ」だと思って間違いない!!

 そこに気づく人間は、そのあと大丈夫である。しかしそれでも気づかないで、自分を棚上げにして、環境の悪さや、周囲を変人扱いする。仕舞いには、「約束が守られていない。」とうそぶく始末である・・・。

 秋葉原の事件などで、他者のことは冷静に見れるが、自分はどうであろうかもう一度見直すべきである。今年も、前半が終わったのだから、後半に向かうにあたって、ちょうど良い時期だ。

 「自己都合ばかりになってないか・・・?」もう一度考えて見てほしい。

 再考してみて、内心ジメジメした自己嫌悪や反発になるのか、カラッとした気持ちで後半への奮起につながるのか・・・梅雨時に考えるには、いいことだと思う。梅雨の終わりも本人次第ってことです。

ピン技師?
2008/05/29

五月も終わりになってきた。世間では、新卒社員達が会社にも慣れ始めてきたことだと思う。まだ、緊張感はあるものの、新しい経験ばかりで楽しい日々を送っていることだと思う。自分にもそんな時期があったことが今では不思議に思う。いつの間にか、当然のごとく会社に存在しているような状況である。一方で、悩み疲れている新人もいることだろう。
 「五月病」っていうのだろうか?悪戦苦闘していることだろう。悪戦苦闘している新人は、まだまだ将来性がある。ごく一部の輩は、戦うことを拒否する。向き合うことすらできないでいる。そして決まって発する言葉にパターン化がみられる。

 『入社前と話が違う。』『こんな会社だとは思わなかった。』『自分のやりたい仕事をさせてもらえない。』等々だ・・・。

 毎回のことなので、驚きもしないが・・・心にいつも思うことは、『当然です。』の一言だ。

 会社だけでなく、社会全体が不思議なバランスで成立している。100人いれば100人の思考。1万人いれば1万人の思考・意見。多種多様である。それを、ポッと出の新人君達の意向に合わせるはずがない。まして、理想通りであるはずもなく想定内であればラッキーと思った方が良い。
 これは何も新人達だけではない。自分を含め、社会に参加している全員にあてはまることである。全てのことが順風満帆で自分の思い描いた『型』にあてはまるとは限らないからである。

 誰でも、生活をしていく上で「不満」に遭遇することは多々ある。仕事であればその確率はさらに高い。

 その場合、どの選択をするかでその人の『質』が見えてくる。ある人は、「避ける」「拒否する」形を選択する。具体的に言うと、退社したり欠勤したりするケースである。またある人は、じっと我慢したり、割り切った考えをする。意見を出さずに黙々と仕事をこなし、オンとオフをきっちりと切り替えるタイプだ。また、この手のタイプには「何も変わらないよ。」の諦めを決め込んでいるタイプが多い。最後になるが、不満の根本を変えようとするタイプだ。それは、会社の不備や上司のおバカさがあれば、それを変えようともするし、また、対応の仕方として自己啓発を率先して行い自分をも変えようとするタイプだ。
 自分の知っている限り、最後のタイプが出世している。また、出世はしないが一般的に可愛がられるタイプは2番目のようである。
 だいたい普通に考えれば、誰もがわかりそうなものである。一般企業でも、営業成績が悪いものがいろいろ意見を出しても誰も聞くわけがない。そこで愚痴を言うのが最初のタイプであり、諦めるのが2番目、最後のタイプは意見を通すために成績を上げる。それがいたってシンプルな社会の暗黙のルール。幼少の頃からケンカの強い奴が威張り、弱い奴が使い走りにさせられる。それが嫌だから、ケンカに強くなろうとするし、小学校になれば各スポーツで自分の存在感をアピールしたり、さらに学年が上がれば勉学で一目置かれる存在を身に着ける。さらに年齢もあがれば多種多様な方法で、自分を磨かなければならない。それを途中で逃げたり、愚痴を言っているだけでは・・・単なる責任転嫁であり、その他大勢のエキストラであり重要な配役はいつもでも巡って来ない。

 技師だって同じである。悪い表現ではあるがドクター達の一部には、「ドクターに成れないから技師をしている。」と思っている人も少なくない。だからそこには先入観として、ドクターよりも技師は劣ると考えていた方が良い。誰も、「レントゲンのスペシャリスト」なんて最初から思ってはいない。せいぜい患者様が間違って「先生」ということぐらいである。だから技師の意見なんて最初は絶対に通らない。たとえドクターが間違っていても!

 そこで、最初に戻って照らし合わせる。1番目なのか2番目なのか?プロンプトのスタッフには絶対に3番目でいてほしい。
 事実、技師というだけで聞く耳を持ってくれるドクターは少ない。チーム医療だなんだといわれても、実力の伴わない技師はチームの補欠でしかない。まずは、実力を見せ付けないとドクターからの信用が得られない。実力は技術だけでなく『接遇』もである。患者様からドクター以上の信頼を得られればドクターも軽視できなくなるからである。技術は、ドクターが唸るくらいの画質を与えられた条件の中で迅速に毎回提出することである。当たり前すぎるほど当たり前のことである。
 どの仕事も、現状に不満がれば・・・自分の納得できるように変えればいいだけである。もちろん1回や2回で変わることは稀である。要は、変わるまで努力できるかどうかの『質』に他ならない。
 自分だって同じである。医療の検査に不満があった。だから、プロンプトを一念発起開業した。順調に最初から行くわけがない。資金の問題からはじまり、医療機関に賛同を得るのに何度営業に行ったかわからないし、医療監査のたびに保健所に説明に行き、一生懸命説明したし、医療局にも説明したり、技師を一生懸命口説いたりと・・・少しでも検査の質を上げたい。ただそれだけで・・・。
 現状を憂いて避けるだけでは何も変わらないのだから。

 向き合って、変える努力をしないとね。

 なんかオバマっぽくなってしまった。

 自分は、技師の側に立っているが、時折、技師の情けない言動を目の当たりにすると我慢できない。
「資格がある」ってことは、たいした商売道具にならないってことをもう少し自覚してほしい。お笑いだって同じです。「芸人」て言うだけではお客さんは笑わない。その芸を磨いてこそお客さんが爆笑する。そのための知識・情報・話術に切磋琢磨と努力が必要なんです。時々、お笑いでも、笑わせているのではなくて「笑われてる」芸人がいます。本人は気付いているのでしょうか?
 「笑われてる芸人」を見ているときほど辛いものはないです。特にピン芸人の場合には特に辛いです。最近ピン芸人が多いですが・・・相方が出来ないのでしょうか?
 技師も、ピンではなくてドクターと信頼関係をうまく気付いて患者様を喜ばせてあげないとだめですね。

 グチを強引にまとめてオチにしてみました。

 

わがままっす!
2008/03/13

いよいよ春もすぐそこまでやってきた!日中の気温もここのところ10度を下回ることがなくなってきた。私にとっては、この上なく嬉しいことである。
この冬場は、それなりに本を読むことがあった。いつものように「情報」にかこつけての漫画、週刊誌以外にまじめに読書もしていた。だいたい、読む時間帯は深夜1:00からくらいだろうか?テレビをザッピングしながらの読書である。目がショボショボしてくると、寝る。これがいつものパターンだ。
 『シュガー社員が会社を溶かす』・・・けっこう面白く読めてしまった。「マジで?」「本当にこんな社員いるのかよ。」と、もちろん思っては見たものの・・・似たような事例は、当社においても少なからずある。そのため、同調してしまった。また面白いのが、この著者が社会保険労務士であることが意外であった。私の印象では、社会保険労務士は労働者の権利を主張することが多く、経営者側からは疎まれているようなことが多いし、労働者に有利な解釈をすると思っていたからである。
 この本は、一度、当社のスタッフ達にも読ませてみたい。もちろん反面教師として・・・。
 また、このシーズンは例年通り「新社会人」が誕生するので、マナー本が多く全面に並んでいる。これもよく立ち読みしてしまう。親切にもこれらの本は、一般的な礼儀のみならず、最近の事情を背景にしたことも載せている。「メールの作法」や「携帯電話のかけ方や受取方」など・・・。
 こういった本を目にする度に、少しだけテンションが下がる。当社の社員は、全体的にメールの文章が自分勝手だからである。もう少し、考えてほしいものである。通話では、業務中や運転中に話せないこともあるし、料金も、バッテリーもかかるので、携帯電話のメールを使用しているだけのことなのだから、メール対応と通話対応に差異が生じてはいけない。

メール文章では、気持、感情が伝わりにくい・・・だったら、勉強してメール文章力や工夫を身につけなさいってことです。

 使用端末が、携帯電話ではなくて、モバイルPCタイプのものであれば、もう少し緊張感が出てくるのだとは思うが・・・「携帯電話が最小、最軽量のユビキタスである。」といった認識が本来ほしいところです。

 自己流のメール使用方法を一貫する。天晴れです。しかしながら、『自分のスタンスを時流や環境に寄せることができない。』ということは、時代に取り残されることを意味します。一事が万事に現れてきます。業務上での顕著な例を挙げますと・・・「○○しかしたことがない。」「患者様が言うことを聞いてくれない。」「普通、どこでも○○だから・・・。」と言ったことでしょうか?大抵こういった言葉が先行して出てくることが多い。もちろん、お詫びや礼儀の言葉は、最後まででてきません。スタンスが自分にありますから当然だと思います。この場合の対応も、マナー本にはしっかり出てくるのですけどね。

 『わがまま』とは、誰もが知っている言葉です。でも、意外に勘違いしている方が多いと思う。「ママー、買って!買って!」や「赤じゃないとイヤッ!」の類は、「駄々をこねる」や「意固地」だと思う。もちろんこれらも『わがまま』のうちですが、大声を出さなくても、やさしい言葉で表現しても、自己の主張は変えず他者や環境を無視して思想、行動を変えないことも『わがまま』に入るのです。

 そう考えると当社の社員は『わがままな輩』が、かなりの構成比率を占めます。

 話は変わりますが・・・新社会人は、今がゼロ位置でのスタートですから、メールマナーをはじめ、現在環境に適したことを疑問すら持たず吸収するのが早い。(人によりますが・・・)しかしながら、ここで、やっかいなのが「先輩」という存在。この「先輩」が後輩にたいして「妙な自信」を持っていたら・・・注意です。(マジで・・・)
 冷静に考えてみましょう。10年、20年のキャリアを積んだ先輩技師でも、恐らくは経験した医療機関は、2、3ヶ所でしょう。(それ以上ですと、違う意味で問題です。)ということは、医療機関の種類、患者様の種別も偏っていることが多いのです。総合病院の場合であっても、エコーやMRを検査技師がおこない、健診バスの経験がなければ同様です。そのため、年数長く技師をしていても・・・「まだまだ穴だらけ」ということです。オールマイティーの技師はなかなかいないのが現状です。でも、後輩に対して不思議と高圧的な自信があるのです。(不思議だ・・・)

 何が言いたいのか・・・簡単です。

 新人技師も技量は、3年もすればすぐに先輩技師に追いつきます。追いつかれた時、方やメールマナーを知っている、方やメールは自己流という結果になります。社会人としてどちらの評価が高いでしょう?
 まあ、メールだけの例で、簡単に済ませましたがメールだけでなく社会人の作法や雑学など豊富に取り揃えておかないといけません。そのためには、もちろん情報収集や勉強は『わがまま』を忘れて素直に適応するべきです。

 3年やそこらで、技量が追いつく・・・そんなの無理だよ。

 それが、先輩技師の驕りです。3年で、追いつかなければ先輩技師の教え方が下手だと思ってください。また、「認めない」それが柔軟な考えの妨げになっています。(優秀な人はたくさんいますから。)

 3月、ちょうど当社での「給与交渉面談」の時期になりました。各スタッフがどのようにプレゼンするのでしょうか?昨年の実績のみを対象にプレゼンするのか、今後の期待感を主張するのか、各自諸々でしょう。会社は、各スタッフに昨年の実績達成度と今年の意気込みに対して『投資』を行うようなものです。昨年度実績が達成できずに「私は、昨年が精一杯で限界です。」と言われれば、給与は昨年並みになってしまうでしょう。
 会社は、まだ出てこない実績にスタッフの「やる気」を推し量り『投資』をするものです。もちろん業績を上げるために!
各スタッフは、自分に投資をしているのでしょうか?時々疑問です。自己のスキルを上げるために、本を買う、講習会に行く、教材を買う。体調の万全を期すためにサプリメント、マッサージ、ジムに通うなど、自分に投資をしているのでしょうか?自分への投資を惜しめば、リターンの評価が上がる可能性は低いです。もちろん費用対効果を考えて、自己投資をしてほしいです。
 給与交渉前に、プレゼンの本などを買っているスタッフがいるのかなあ・・・。
 ミーティング時に、「本読め!」とか「最近のニュース」などとホームルーム的なことをしないでも済むようになりたい・・・。

 『わがまま』な願いでしょうか?私の方が、周囲に適用しないといけないのかな?

第三者評価とおまけ
2007/12/29

 今年最後の徒然を書いてみる。秋あたりに大きくサボってしまったので、その反省もこめて最後にしめるべく書いてみることにした。
 例年通り、この時期になると一年が早く終わってしまったのを感じる。昨年に比べればほぼ順調な一年だったと思う。各スタッフたちの奮闘もあり、経常利益も予想を上回る結果を得ることができた。それに還元するべく『決算賞与』を支給できることが何よりも嬉しく感じる。スタッフ達も喜んでくれるだろうか?先日のミーティング時で発表したときは、キョトンとしている感じで『なんのことやら?』みたいな反応が気になる・・・。
 それは、それとして来月の給与日以外に振込みがあれば、少しは喜んでくれるだろう。

 今期は、予想以上に経営が良好だったので、ちょっと調子にのってあることを試してみた。そのあることとは・・・この会社『プロンプト』を第三者がどのように評価しているのかである。よく私は、スタッフ達に「他者の評価が全てである。」とか「自己評価と他者評価に差異があることに気付け。」などと言ってきているし、過去の「徒然・・・」にも書いてきている。だったら、「企業としてのプロンプトはどうなのか?」と以前から気になっていた。しかし、残念なことに弊社は知名度があるわけでもなく、一般社会に接することの少ない分野であるから、社会的な評価は難しいと思う。いろいろと考えてみた・・・。
 最終的に、結論にいたったのが『銀行による評価』である。ただ、これも「評価してくれ〜!」といっても、リサーチ会社ではないのだから評価するわけがない。一番わかりやすいのが『融資』だと思う。それもあえて『新規融資申込』である。以前からの付き合いがあれば、過去の信用をもとに「融通」が出ることもある。しかし、まったくの新規であれば、銀行側も慎重に公平になるであろう。それともうひとつ、県や市町村が背景にあるような「制度融資」は使わないことである。これを、利用するとなると保障付のようなもので、非常に審査は甘くなり今回の『評価』にならないからである。もちろん無担保で融資を利用する。手形などはもっての他である。

 融資する側の判断材料は・・・・『業績と将来性』のみに頼らざるを得ない。

 予想通り、申し込むまでに様々な質問や資料提示を要求された。弊社の業種や、業績などはもちろんのこと・・・一番多く質問されたのが、「金利の低い制度融資をどうして使わないのか?」である。もっとも、銀行側の言い分は正しい。様々な憶測の中で、「怪しい」とも思われていたようだ。

『融資側が慎重になる。より厳しく審査する。』これを望んでいた。
ここから生まれる評価は、過大評価になることはないだろう。やはり、現実を知るべきであり、「井の中の蛙・・・」であってはならないと思う。
結果・・・審査は希望のまま通ることになった。まあ、融資希望額も小額であるから問題ではないのだが、それよりも各担当者達が決算書や様々な資料をチェックしていく中で、『良いですね〜!』『伸びてますね〜!』『よく管理してますね。』の一言が非常に自信にもなり嬉しかった。
もちろん、この融資は必要に迫った資金調達ではないので、即返済をする予定である。金利分だけは損をすることになるが、リサーチ会社に支払ったと思えばいい。まあ、受験における模試で、先生方が「無理!」と言っている希望校を受けて、B判定位に入った気分です。

ここからは、おまけです。↓

 来年も、今期以上の健闘を期待しつつ頑張りたいと思う。今いるスタッフ達が、1ランクレベルを上げて、さらにスタッフの拡充をはかりたいと思う。言葉でどんなに良いことを語っていても動かないことには始まらないから・・・。
最近、宮崎県知事を見て思う。就任直後は、斜に見ていたが・・・最近は、その行動力は知事として他に例が無いほどだと思う。問題山積の中、出来る限りの動きで頑張っていると思う。即現地にいったり、そのスピードには驚かされる。自分も来年は「スピード」を目標に置くことにしようと考えている。

先日のニュースで知事と女性キャスターのやりとりを見て笑っちゃいました。
キャスター:「地鶏、マンゴーなど農産物を中心に宣伝活動などで評価はできますが、一方で町工場など製造業、建設業は原油高のあおりを受けてまだ景気が良くなっていませんが、この点については責任を感じていますか?」と質問していた。
知事:「ちょっと待ってください。就任して11ヶ月ですよ。宮崎県だけが急に景気が良くなるわけでもなく、それは国政の問題でもあります。それに原油高は私でも宮崎県のせいでもありません。それに・・・・」
キャスター:「知事、知事、ちょっと話題を変えますね。年末年始はいつまで公務ですか?」
知事「・・・・。」

上に立つ人は、良くてあたりまえ、あとは悪い材料を途方もないところから持ってきていいがかりを付けられることも多々あるみたいです。

 現在の知事の支持率が90%以上です。このまま順風満帆ではないと思うし、どこかでつまづくとも思いますが、頑張ってほしいと思っています。
 「小島よしお」よりは来年も話題になりそうな気がします。
「サンドウィッチマン」・・・来年出ないような気がするのだが・・・。
 知事同様、過去のことはどうあれ、頑張れば、努力すれば、人は変われるのかな〜と最近思うようになりました。今年の業績はもう過去のものになってしまいましたから、来年もガツガツ行こうと思います。

オーシャンズ11?
2007/12/13

 久しぶりの徒然・・・忘れられていた存在になりつつありました。いざ、書こうかと思うと空けた期間のわりに、お題が出てこない。これも己の能力の低さが原因と思う。
 しかたがないので、先日の『群馬県議会』の中継放送を見て感じたことを書こうと思う。
 議会を見だしたのは、午後の一般質問からだ。その中で気を引いたのは、保守系議員と県立県民健康科学大学・学長とのやり取りであった。
【概略】
《議員》:“大学院設置構想概要をを、どこからの、どういうニーズで・・・。”

《学長》:“この大学を将来どのように展開させていくのか・・・大学院は修士を考えておりまして・・・定員は学生の10%というのが基準・・・看護学部8名、診療放射線学部3名を考えております。目的は看護科においては、医療機関における院内教育のリーダーとして活躍できる人材の育成、人材不足の解消・・・。”
“放射線科につきましては、CT,MRIのように非常に高度化、複雑化しています。・・・高度な知識・技術に対応できる技師の養成・・・。”
“看護士、技師が職を辞さないで・・・夜間開校、祝祭日の開校・・・”

《議員》“どこからの、どういうニーズでとお聞きましたが・・・大学になってからまだ2年、卒業生もいない・・・看護科は社会人から募集・・・看護士不足解消に逆行してるのでは?また、専門職の教員、研究者がどれだけ強く求められているのか?”

《学長》“早すぎる、遅すぎるからはちょっと離れて・・・”

《議員》“このことについて、群馬大学、医師会との連携は、どのように考えているか?”

《学長》“群馬大学は技師養成コースがないので、本学がこれを担うべき、また、医師会については本プロジェクトの評議委員に学外評議員として医師会長に参加していただいている。”

《議員》“11月の評議会に医師会長は欠席しているが、それ以前、それ以降に医師会長から大学院設置についての意見を聞いたことがありますか?”

《学長》“医師会長は、大変多忙なために明日の2時にアポイントメントをいただいております。”

その後、健康福祉部長から予算に対しての説明がありました。最後の議員の言葉です。

《議員》“看護科8名、放射線科3名、計11名に10億ですか・・・費用対効果を真剣に考えてください。”

群馬在籍の技師さん達にとっては、興味がある話題ですよね?ただ、賛否両論になりそうですよね。

個人的な意見としては、まさに費用対効果を考えてほしいです。
『11人で10億円』って・・・映画『オーシャンズ11』かと思ってしまいます。
修士課程にごだわる理由がわかりません。
単に、研修センターを設けるのであれば、費用は減少できると思います。
なんか、名誉意識で設置計画を立てているように感じます。まるで、立派な庁舎を建設するように・・・。
立派な箱モノを作った人は、建物は数十年残りますが、名は後世まで残りませんよね。
歴史を振り返ると、本当の意味で尽力した人は、施設よりも名が残っています。こういった場合、自費や私財をなげても・・・というところに美徳を感じます。
昨今叫ばれている、税金の無駄使いの気がします。
博愛、尽力を尽くすのであれば『シンドラーのリスト』を一度見ていただきたいです。

※議会参照URL
http://www.gunma-pref.stream.jfit.co.jp/giin_result.php?GIINID=9992

一般質問者 自由民主党 金子浩隆 議員
3 県民健康科学大学大学院新設について


プロ意識
2007/10/14

 会社の方も、忙しい時期の山場を越えて今期の終盤を迎えようとしている。スタッフ全員の協力の下、今期の成績は前年を上回るものとなった。
 このことに、改めて皆さんに感謝したいと思う。

 今月の初めに、スタッフの一人が盲腸になり急遽入院してオペをすることになった。もちろん社内のスタッフローテーションは、混乱した。
 すでに、当のスタッフには言い聞かせ本人も深く反省をしているので、これ以上彼女に反省をしてもらう必要はない。しかしながら、あえて「徒然に・・・」書き残そうと思う。今後、入社するであろう技師達に、弊社の考え方を知っていてほしいからだ。

 会社として一番危惧することは・・・彼女が、予定外の休暇をとることにより、検査予約をしていた患者様の検査が、延期になってしまうこともありえるということだ。

 考えてほしい・・・。自分、あるいは身内の者、親しい者達が、病、怪我で今後の治療計画にある検査が延期になることを・・・。オペも延びるだろう。もしかしたら、その間に患者様に不測の事態が発生するかもしれない・・・。
 自身の盲腸による痛みは、一時も耐えられるずにオペをする・・・同じく、今現在その検査を必要として、すぐにも病を克服したい患者様達が複数いることを認識してほしい。極端な表現にはなるが、「自分の痛みを取り除くために、他者を犠牲にする。」ということになる。医療に従事するものはこれをしてはならない。

 テレビ、映画で傷付きながらも、這いつくばって使命を果たそうとするシーンがある。「・・・俺を待ってる人達がいる・・・。」とか言いながら・・・。
 これは、感動する場面でもあり、人間の心に訴える場面のはずだ・・・。このシーンに多くの人々は賛同する・・・医療人たる者、患者様第一主義でいてほしいものだ。

 とかく、こういった話をすると・・・「厳しい」と言った類の批判や、「しょうがない」といったことを表現する方もいますが・・・。それは、間違いだと思います。その時点だけの、単一的な事象を考えれば、盲腸炎ということもあり、同情はできます。しかし、見逃していませんか?時系列的に考えて下さい。

 普段の生活における健康管理に配慮を行っていればいいことなのです。様々な「プロ」と呼ばれる方々は、常に体調管理に注意して試合や、本番に臨みます。一流の女優に至っては、ニキビ、吹き出物、スタイル、体重等まで管理しています。
 この部分・・・見逃すわけにはいきません。

 時間から時間までのタイムカード打刻の仕事と、考えていたら医療人は務まりません。

 また、今回のことに関して同情的なことでしか彼女に接してあげられないのであれば、今後の彼女の成長は非常に遅いものとなるでしょう・・・。

 仕事や生活で、一流になることや、周囲よりも一歩でも高みに登ることは、試練厳しいものだと思います。
 クタクタになるまで疲れ、倒れそうになるほど動いたから・・・今が強くなれる。
 多くの痛みを知っているから・・・優しくなれる。
 不幸を経験したから・・・今が、幸せに感じられる。

 そんな風に自分は、考えます。
 経験が、すべてではありませんが・・・「もう少し、頑張れるはず!」と自分で言い聞かせられるスタッフ達に成長してほしいです。

 映画『幸せのちから』(ウィル・スミス)を見て、参考としてください。明日の仕事を頑張ろうと思いますよ。

※体調が悪いときは、早く言ってくださいね。万一の場合は、私が契約先医療機関に、誠心誠意謝罪に行きますから・・・。




デパ地下から・・・。
2007/08/29

ここのところやっと残暑も落ち着いて秋に近づきつつある。
今朝は、風邪気味のためかすっきりしない気分で仕事に向かう。途中テレビをかけながら運転をしていて、面白い内容に聞き入った。番組はいつものことながら『特ダネ』である。
内容は、ここ数年で外国から日本へ来る観光客が伸びているそうだ。年間700万人以上が来日するらしい。これは、4,5年前に比べると約300万人の増加にあたる。増えている理由は様々だが、小泉内閣時代の対外宣伝効果や、ビザ取得の緩和、円安も理由に挙げられていた。

面白いのは、来日する方のほとんどが『ツアー客』ではなくて、個人での来日が多いことだ。事前に宿だけを予約する程度が多く、時には日本の空港に降り立ってから宿を探す人も珍しくないようだ。いわゆる『バックパッカー』的な発想である。宿も一泊数千円程度の安いところや、人気なのが『カプセルホテル』のようである。
大陸的な考え方なのか、気軽な発想が羨ましい!

また、ある宿泊先の人気サービスが『日本の朝食』とあった。これは、近隣の一般家庭で朝食を体験してもらうサービスだった。普通の家庭で普通に朝食が出てきて不器用に一緒に食べていた。そこで、日本人が『日本の家庭では、夕食の残りを翌朝の朝食に利用します。』と説明していた。感慨深くうなづく旅行者達・・・『前の晩が、寿司の場合はどうするのですか?』と質問する外人があらわれた!
『お茶漬けにしますよ。』と慌てない日本人。
意味がわからない外人達・・・思わず笑いがこみ上げる私。

また、他に外人達に人気のスポットは『デパ地下』であるという。ガイド誌にも掲載されているくらい有名なスポットだそうだ。
ここに行く外国人達は、皆驚くらしい。それは、日本の食文化の豊かさはもちろんのこと、試食が非常に多いことにだ。デパ地下で、日本の食を網羅することができるらしい。それに、駅弁大会や、地方特産をやっていれば大喜びだそうだ。

そこで、一人の外国人の発言が非常に興味深かった・・・『日本の“お弁当”は、非常に細かく作り込みがされていて、すばらしい!』とのことだった。
外国には、“お弁当”というものが無いか、あったとしてももっと大雑把なものらしい。言われてみれば、映画などでも、お目にかかったことがない。

あらためて、日本人の器用さや繊細な部分を知ることができた。

しかし、医療の分野においてはこの繊細な部分が欠落されているように思えてくる。これは、西洋医学からの流入が原因だからだろうか?
むしろ新しい試みなどは、諸外国などの方が、創意工夫を行っているように思える。患者の精神的なケアや、救急医療などに関してはとてもじゃないがかなわない。

ここ最近、『国家の品格』や『美しい国』などのように、日本独自の良き伝統や文化を見直す動きもある。また、やはりテレビの調査ではあるが、ユーミン、中島みゆきの歌詞そのものも、80年代は英語の歌詞が多く使われているが、2000年以降は、減少しているらしい。それに、日本語を多く使用している歌詞の歌がヒットしているらしい。ちょっと前のベストセラー『声に出して読みたい日本語』なども顕著な表れだろう。
昔、西洋から伝わった医療もそろそろ、日本人の持つ器用な部分から見直して、『配慮』のある景色を院内で見てみたいと思う。外国人から、病院がガイド誌に載るくらいの注目を集めても良いと思う。

まだまだ時間がかかるとは思うが、身近なところから改善されていくことを願う。

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